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【禁欲1日目】「出会い系はじめたら負けかなと思ってる」

tinderをはじめた。 東カレの「膣ドカタ」で一躍有名になった海外発の出会い系アプリだ。 出会い系にはずっと拒否感があったし今もそれは変わらない。 俺はさみしさに負けて、ついに出会い系に手を出してしまった。 同じく「さみしさ」を埋め合わるためのサービスに風俗があるが、 風俗には「本当の情愛 」 なんて一切期待しない。 出会い型でつながりを求めるのはそれとは違う。 うーん、うまくいえない。 風俗は前提にあきらめがある。 いや、もちろん結局は「人間 対人間 」 の営みなので、 出会い系は違う。 女性たちは平気で「恋人募集」なんて ここでうまく立ち回れれば、オフパコの一つや二つ余裕なんだろう。 宗教にすがる人を「あいつは弱い人間だ」と、見下すような拒否感だ。 今、そんな敗北感を感じている。 個人的には出会い系の方がよっぽどいやらしい気がする。 (別に風俗が嫌らしくないわけじゃないが。) それっぽいやり取りがあったとしても、その場限りの嘘として楽しむものだ。 「人間らしい触れ合い 」 を誰かがお誂えた「システム」が提供 するのが 矛盾するように感じてしまうのだ。 過程をすっ飛ばして、お金を対価に「仮初め」の満足を得るサービス。 なので、それを利用することは 一種の自傷に近く、 ナイーブな 「人間らしい触れ合い 」へ 期待はない 。 一般社会と同じような社会性を持って相手と対峙するが 、 しかしそれも、嬢と客という関係性を維持するためだけのものだ。 仮初めじゃなくて「マジ」だ。 恐ろしいことを書いている。 つまり、風俗を利用するのと同じ諦念によってコミュニケーションを図り、 また同じ諦念を持つ女性と付き合い、同じように仮初めの満足を得るのだ。 いやそんなこと求めてないので考えてもしょうがない。 でもそれが出会い系を健全に使いこなす、唯一の方法のような気がする。

【禁欲1日目】オナ禁と孤独感に因果関係がない

俺にとって一番の問題はさびしいことだ。 ほんとに寂しい。寂しくて辛い。 だれーかーたすーけてー 今、もう一度オナ禁にチャレンジしてみようと思い この文章を書き始めるまで、俺は恐ろしく寂しい気分だった。 さびしさは自分とほかの人とを比較した時に感じるようだ。 今日、以前親しくしていた女性と久しぶりに会い食事に行った。 彼女はなんだか昔よりきれいになっていた。 彼女は俺が以前会った時とは違う男と付き合っていた。 来月、その男のいる国へ移り住むという。 別に普段から彼女に特別な感情を抱いていたわけじゃない。 もう別れてだいぶ経っているし「久しぶりに会おうか」ってなったときも 期待なんてしていなかった。 でも、たくさんの友人や素敵な恋人がいる彼女の話を聞いていると 悲しい気持ちや執着心が湧いてきて、 気がついたら俺は彼女の手を引いてしまい、 丁寧に謝られ、惨め。 ああ惨め。 なんだかね、やってらんないわ、もう。 オナ禁なんてやったところでさー 精子出さないことと、このさびしさには、 何も関係が無いよね。何の関係もない。よね? 「オナ禁やってりゃ、よくわかんないけど色々うまくいっちゃうらしい」 そんなことあるわけないじゃん。 これは「信じれば救われる」といってる宗教と変わらない。 ずっと抱えてきた寂しさの問題は今更解決できない、っていう無力感から 「寂しい」って問題から眼をそらして、具体的な行動が出来ない状態に陥っている。 それが俺。 この女に限らず、誰彼かまわず優しい人にはすごい執着してしまう。 もう小さいころから変わらない。 小さい頃は兄が大好きでいつも後をついていた。 ある日「ついてくんなっ!」って拒絶されてものすごい傷ついた記憶がある。 執着してメンヘラになるくせに、メンヘラ化した自分が拒絶されるのがとても怖い。 そんな自分がわかっているから なるべく人と関わりたくない、でもさみしい。 嫌な刺激を与え続けられたネズミが最後は無抵抗になるように、 俺にはこの痛々しい中二病的な感性を自分でなんとかするのはもう無理だ。 俺にとって、オナ禁は一つの信仰だ。 (ホーリーランドであったなこんなセリフ) オナ禁が成功すれば、逆を言えば「問題は解決する」っていう 信念...

【1日目】リセット

30日目標にがんばります!

【15日目】性欲ってなんだろう(ネットのせいか)

ここ数日は筋トレを始めたせいか性欲が急激に上がってしまい、初めの2〜3日よりも辛かった。ほとんど寸止めまで行ってしまったので、リセットとして扱ったほうがいいような気もするが、リセット認定したらしたで「じゃあ満足行くまでやればよかった!」という気持ちになるはずなので今回はセーフ!(なんじゃそりゃ)。 【アルコールは自制心を弱くします】 寸止めまで行ってしまった原因は、ちょっと人間関係で憂鬱になることがあったことと、それを紛らわすために酒を飲んだことだと思う。 酒の影響は特に大きかった。アルコールは理性的な心の働きを妨げる力がとても強い。仏教で飲酒が禁じられているのも納得だ。僕はは普段酒をほとんど飲まないこともあって、禁欲中に酒を飲むとどれほど辛いのか予測を誤ってしまった。オナ禁中は一人で酒やその他ドラッグをやらないほうがいい。 【性欲のそもそも論】 ところで「性欲」とはそもそもなんぞや。自分で書いておきながら、どうも「性欲が湧く」とか「性欲が上がる」といった表現に引っかかる。 いったい性欲はどっから「湧いて」くるのか?  性欲が「上がる」って喩えを使う時、具体的に僕は何を思ってそのように言うのか?  ていうか、性欲は「思う」もの?なの?か? 性欲を解消しなかったからといって、ある日突然ちんちんがポンッと爆発するようなことはない。その点で性欲は睡眠欲や食欲とは質的に異なる。「私」の生存に不必要な、「私」を超えた目的のために与えられている、不思議で特権的な欲求だ。 (仮にすべての人が性欲がまったく持たない世界を想像すると、ずいぶんと苦しみが少ないことがわかると思う。僕にはこれが、人間は自分のためだけに生きることができないことの証拠のように思える。) ちょっと食欲と性欲で似ているなと思うのは、欲求を解消する行為の対象に嗜好性が介在することだろう。巨乳がいい、いやスレンダーがいい。イタリアンがいい、いや中華がいい。といった感じに。 プリミティブな欲求には、和食もフレンチもなければ、ぽっちゃりもSMもない。僕の食べ物の嗜好は、生まれてこのかた口に含んだいろいろな料理の味や、誰とどこで食べたかといった記憶、食あたりした経験、社会やメディアが料理に与える印象など、さまざまな記憶とそれに付随する感情によって編まれている。 ...

【14日目】オナ禁の嘘

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どうしてもオナニーしたくなったので「なんで俺はオナ禁なんてやってんだろう」って自問自答している内にこんなことを思いついた。 オナ禁をやろうと思う人は多かれ少なかれ不幸な人だ。 幸せな満たされた人間がこんな苦行を必要とするわけがない。 オナ禁に挑戦する不幸な人は、それはそれは日常のあらゆる場面で惨めな思いをしているまじめで人間的魅力がない人だろう。学校や仕事や一人の時間ですら、本当に満ち足りた気持ちになんてなったことがない。 そこで人生をなんとかしたいと藁にもすがる思いでオナ禁をするわけだが、この行動はよくよく考えたら全くおかしい。というのも、問題があるのは彼の不幸な、うまくいかない実生活で、オナニーすること自体は全くもって悪いことじゃないからだ。 ドアを開けるために牛を連れてくるとか、犬と散歩したいので冷蔵庫でかくれんぼするとか、この現象を喩えてみるならそれぐらい意味がわからない。 Aという欲しいものがあればAを追いかけるべきで、BやCは関係がない。 これに反論する人は、いつかオナ禁のおかげでAという欲しいものを追求できるようになるのを待っているのかもしれない。でもそれは間違っている。なぜなら、待つだけではいつまで経ってもなにも始まらず、欲しいものがやってきてくれることも無いんだから。 オナ禁によって何か変化を起こしたければ、オナ禁以外に新しい行動を、それも、自分の欲しいものを手に入れるための直接的な行動を起こしましょう。という、あたりまえの話でした。(もちろんあなたが欲しいものがオナ禁ならぜひやってください。) H Jungle with t / WOW WAR TONIGHT ~時には起こせよムーヴメント

【13日目】本当のピンチの時は前よりも後ろを見る

オナ禁の道は長い。 先を見ると果てしなく感じて続かないし、 先を見なくてもモチベ不足だと挫折しそうだ。 そういう時は後ろを見よう。 13日目でリセットすると、これまで我慢した12日間が無駄になる。 たとえすぐにリカバリできて、その後オナ禁を続けられたとしても、 ルール上リセットしたら一からのチャレンジになってしまう。 もう一度今と同じ地点までたどり着くには同じだけの12日間が必要になるし、 12日目に改めてたどり着いた時には、もしリセットしなかった場合と比べて倍の差がついている。当たり前だけど。 だから一時の気の迷いでリセットするのはあまりにももったいない。 オナ禁のルールも目標日数もすべて自分との約束だから本来無意味なんだけれど、自分との約束で決めたことだから守ることそのものに意味があるし、安易に「じゃあ減オナでいいや」なんて言ってしまったら、元も子もない。 もはやオナ禁の効果なんてどうでもいい。 自分のために90日やり遂げようと改めて強く思う。 〜〜〜〜〜〜 今日読んだヨガの本に、衝動について参考になる本があった。 いわく、心には粘着性がある、そして多くの人間は心が何に粘着するのか無自覚でコントロールすることができていない。 まさにその通りだ。 エロいことに興奮するそのはじめの瞬間、無自覚的に自分がどちらの方向に向かうのか 選んでしまっている。ひとたび欲望の対象となる思念に心が粘着すると葛藤・苦しみが生じる。 そういった、心の粘着性を乗り越える手法がヨガの呼吸らしいのだけれど、 まだ詳しく読んでないからシラネ。 とりあえずヨガ始めたし丹田呼吸とか調べてみっかな。

【11日目】歪んだ性欲 変態

散々わかったような事を書いていたのに ついつい油断して風俗のサイトを見てしまった。 いまんところぼくはオナ禁のゴールを90日に設定している。 YourBrainOnPornによると、ポルノ依存が抜けるにはそれぐらいの 日数が必要と言われているからだ。 でも、僕はその後どうするつもりだろう。 今はオナ禁だけを目標としているから、 終わったらぜんぶ元通りになってしまうかも知れない。 だれでもいいからセックスしたいって欲望って 当たり前のことみたいに思われてるけれど実は結構ゆがんでる。 オナニーや風俗に行くのと同じモチベーション、同じ欲望に もとづいて彼女を作ったり適当に女性とセックスするなら それは結局オナニーや風俗と同じことだ。 だからオナ禁後に元通りにならず、 性愛的に満たされた生活をしたいのであれば 自分の性欲のあり方そのものを見つめ直す必要がある。 セックスの本来の素晴らしさを知っている人は、 風俗みたいな心の通わないセックスを「つまらない」という。 でも、その素晴らしさを知らないぼくのような人間は だから、ポルノや風俗を欲望するし、 それゆえに、ポルノや風俗の中毒になる。 ぶっちゃけ、オナ禁を通じて「まともな人間」になる 努力をしないと、なにも変わらない。 オナ禁は一旦パターンから抜け出て、 上のことを自覚させるまでの役割しか今のところ果たしていない。

【9日目】自己改善教に入信

禁欲生活も9日目。 ここ数日は結構楽だったな。 オナ禁を本気で始める前はものすごく高いハードルに思えて性欲に は抵抗できないものだと思ってたけれど、 しっかり準備してチャレンジしたら意外と頑張れることがわかった 。 こう思えるのって自己効力感が上がったっていうのかな? あんなにも無理だと思っていたことが9日間できたのだから、 他の悪い習慣も9日ぐらいはやめられるって希望が持ててきた。 以前ちらっと読んだ「悪い習慣をやめる方法」 みたいな名前の本には一度に複数の事柄を習慣化しようとするのは ストレスになって失敗する可能性が上がるのでおすすめしない、 的なことが書いてあった。 でも、悪い習慣を続けている事自体がストレスになって、 精神力を削っていくってこともある。たとえば夜更かしがそうだ。 【夜更かしがあなたの人格を破壊する  かもしれない】 ぼくはかれこれ5年くらい、平日の睡眠時間は5〜6時間。 翌日に予定の無い金曜や土曜の夜は、 朝まで起きて夕方まで寝るっていう悪い習慣を断ち切れないでいる 。 夜更かしした翌日は最悪で、目は腫れぼったいし、 頭がドクドクしているような感じがするし、やる気もでない。 メンタルの不調と重なると、 気づいたらぶつぶつ独り言を言ってるありさまだ。 何度もやめようと思って数日は早く寝られても、 結局元のサイクルに戻る、ってことを繰り返している。 無策のまま早寝にチャレンジしてもまた失敗するのは明らかなので 、まずはオナ禁と同じく、 なにが夜更かしの原因なのかじっくり考えてみたい。 【ぼくは夜更かししながら何をしているか?】 ■youtube 人がたくさん出てくる賑やかな動画が好き。 音楽とか一人きりになるものを楽しめなくなった。 孤独感を埋め合わせようとしている? ■ゲーム 囲碁、将棋。中毒性が高くてやめられない。 勝つと充実感があるし、負けるとひどく悔しい。 普段の生活で得られない充実感を求めている? ■ネットサーフィン ひたすら気になった見出しや頭にうかんだ疑問に反応して、 クリック→読む→クリック→読むを延々と繰り返している。 読んでいるものは結構まじめなものが多い。 自分の問題を解決したい。だから、いろんな知識を身につけたい。 その欲求に応える身近な方法がネットなんだと...

【8日目】下書き

悪い考えを持たないほうが良い理由は、なによりも自分のためのはずだけれども、 問題は何が良くて何が悪くないのか、はっきりとわからないことだ。 人間は自分の「苦」を取り除くか、あるいは「楽しいこと」のため、つまり「幸せ」のために生きている。 だとすると、幸せに奉仕する行いが善で、苦しみを増やす行いや、つまらないことが悪だと言える。 たとえば、報復心から犯人の死刑を主張する男がいる。 彼は自分が苦しみから逃れるためには、その相手が死ぬ必要があると考えている。 この場合、死刑は善と言えるだろうか。 たとえば、医者に止められているにも関わらず、毎日大量のアルコールを摂る男がいる。 彼は、彼の憂鬱を晴らすもっとも間違いのない方法はアルコールを摂ることだと思っている。 それによって彼が財産と健康をなくし、周囲の人が悲しい思いをしたとしても、飲酒は善だろうか。 たとえば、俳優になるという夢を持った青年がいる。 青年は演技することに幸せを感じ、より多くの人に自分の才能を認めさせたいと思っている。 しかし、青年の父は、彼が家業を継ぐことを望んでいる。 青年が俳優になれば父は大いに苦しみ、青年が家業を継げば父は大いに喜ぶだろう。 青年にとっての良い事と、父にとっての良い事が異なるのはなぜだろうか。 「善」や「悪」が人によって異なるなら、それはただの「嗜好」だ。 ぼくらは最大公約数の「嗜好」を道徳と言い換え、 何が良くて何が悪くないのかわからないまま、

【6日目】性的な妄想をする癖

6日間も禁欲が続いたことは滅多にない誰も見ていないブログとは言え、一応パブリックな場に「オナ禁やってます」って書いていることと、あと序盤に自制心について改めて考えてみたのが良かった。オナ禁のコツとか、もう知っていることであっても、自分の経験や生活を想像しながらよく考えることで、理解が深まったんだと思う。 で、6日間やってみての感想だけれども、マインドの面では大した変化はない。相変わらず気分は抑うつ気味だし、行動力が劇的に上がったということもない。身体面では、他で言われているように、たしかに寝起きが改善してきた実感があるが、抜け毛の減少や顔色が良くなったという変化は感じていない。 日常生活でなんらかのトリガーから突発的に性的な連想をしてフラストレーションがたまるのは相変わらずで、これは初日から減った様子もない。繰り返し繰り返し、妄想に気付くたびに意識を他に向ける、ということを繰り返している。 できるだけトリガーとなりうる要素を生活から排除しているけれど、前書いたように排除しようという試み自体が対象を引き寄せるところがある。これは考え方の習慣なので、落ち着くまでは数ヶ月単位で時間がかかるようだ。

【4日目】「オナ禁」あらため「オナ忘」もとい「禁オナ禁」

俺がオナ禁が失敗するパターンに、「オナ禁のことを気にかけすぎる」というのがある気がする。その理由を考えてみた。 【オナ禁のためにオナ禁を忘れる】 「オナ禁を続ければこんな効果があるかもしれない」とか「オナニーをやってはいけない」と考えることは、「自制する自分」を意識させ、その対立軸として「欲望する自分」が浮かび上がる。そして、この対立は長引けば長引くほど「自制する自分」が敗北する。 よく知られている話だが、人間は、報酬が「たくさん」「確かに」「すぐに」もらえるほど価値を大きく感じる。オナニーによる快感は「たくさん」「確かに」「すぐに」もらえる報酬で、オナ禁の効果はネットの口コミ信じるほかない「不確か」で「いつか」もらえる報酬だ。 他人のオナ禁の効果の報告や、自身の目標を再確認することは、自制心に働きかけて天秤をいくらか傾けるかもしれないが、そもそもこの2つを天秤にかけてしまう時点で危険なのだ。 【自制心ゲージの消耗】 加えて、ある研究が実証したところによると、自制心はRPGのMPゲージみたいなもので1日に使える量が決まっているらしい。スーパーのレジ前にガムやチョコレートなど、多くの人の買い物の予定に入っていそうにないモノが置いてあるのは、自制心ゲージが少なくなったところで「ついつい」手を出させる、この人間の性質を利用した戦略らしい。 疲れている時、寝不足の時、ストレスがたまっている時など、負けやすい状況はいくらでもあるし、一日に何回も自制パワーを発揮していては、この戦いは乗りきれても次の戦いはどうなるか分からない。 ふだん何気なくつかっている「自制」って言葉だけれど、自分としては「欲望した時に我慢できる」消耗する力と「欲望し始めた自分を適切に対処できる」気づきの力の、2つの意味合いがある気がする。後者の方が長期の禁欲には重要かも? 【4日目の現状報告】 もっとも辛い最初の3〜4日を乗りきれたことが、オナ禁以外についても自分を前向きな気持ちにさせている。例えば、部屋を掃除しようという気持ちになったり、ひさびさに運動してみよう、という気持ちになったり。 抜け毛が減ったとか肌の調子が良くなったとか、寝起きが改善したとか、そういった変化はない。

【3日目】あとで見返すための3日目の憂鬱のログ

私は「浮世離れしている」とか「世の中のことを何もしらない」 と人にバカにされることがある。 私は理由はなんであれ人にバカにされると、 ひどくいたたまれない気持ちになる。 なので右のようなことを言われると、「ニュースを読まなくては! 」「もっと〇〇業界について調べねば!」という焦りと「 殺す!」という怒りが湧いてきて、テレビを見たりセ・ リーグの順位表を見たりもするのだが3日と続かないのが常である 。 結局のところ、動機が不純なのだ。 人にバカにされたくないという気持ちや、 付き合わざるを得ない人たちとの会話に加わりたいという気持ちを 理由に、 税金や観光名所やブランドやあらゆる興味のないことを知っておこ うとするのは。 ということで、 いちいち世間知らずを指摘されて怒ったり焦ったりするのは疲れる ので、そういった事柄はすっかり諦めることにした。 興味がないがゆえに知らないことを指摘されて怒るのは馬鹿らしい 。彼らは好きでか、 あるいは不純な動機によってそれを知っただけなのだ。 しかし困ったことに、今の職場や人間関係にいる限り、 加われない世間話は続き、私が話すことに興味を持つ人はおらず、 孤立は続く。 興味のない話題を延々と続けられるのは迷惑っていうのは多数決の 原理で、 だれも俺に迷惑をかけていることを気にしている様子もない。 だから「間違っている」のは俺の方だし、 それを肯定的にとらえ直すには面倒な手続きがたくさん必要でめん どくさい。 今日でオナ禁は3日目。 相変わらず辛いが特に変化はない。

【2日目】抑圧か忘却か。

丸2日間オナニーしないなんて一体いつぶりだろう。これは小さな、しかし偉大な一歩だ! やった! おれすごい! 最高! 【脳内再生ポルノは忘却される?無意識に抑圧される?】 ついつい女の人を見てエロい妄想をしてしまう、そうするとムラムラしてきて、それを解消したくなる。脳内ではドーパミンとかが出てて、「それ」をゲットしろ!って命令がでてるんだろうけれど、「それ」のことを考えれば考える程、欲しくてたまらなくなって葛藤することになる。 なので、エロいこと、エロいことに限らずいろんな欲望は、初期段階で気づいてほかの事を考えるのが得策なんだろうけれど、無理やりほかの事を考えようと、「それ」から考えを引き剥がそうとすることは逆にそれにひきつけられていること同じなので、ますます「それ」から離れなれなくなる。なので欲望していることにまず気付くことが大事で、それができたら、ほかの作業や考えに自然にじんわり移行していくのがいいだろう。 前々から疑問に思っていたことなんだけど、ポルノの脳内再生に気づいて、意識の対象を他の物に逸らしたときに、その再生されていた脳内ポルノと欲望はどこに消えるんだろう? 脳内でポルノが再生されるたびに、欲望する意識の働きが強化されてますますそれに執着する(習慣が強化されるように)のだとすれば、再生することをやめれば、それは次第に忘れられていくのかもしれない。 でも欲望は違うことを私に命令する。それは、この欲望を解消したければ、それに従え、ということだ。欲望の対象を考えないようにしてそれをやり遂げたとき、私の欲望は「解消」されたのだろうか?  ニコチン中毒は、ニコチンを摂る⇒血中のニコチン濃度があがる⇒ニコチンが代謝されて血中のニコチン濃度が下がる⇒ニコチンを渇望する⇒ニコチンを摂る、っていうサイクルの繰り返しだ。渇望を癒やすためには、ニコチンを摂るか、あるいはニコチンを必要としない身体になるまで自然に身体が癒えるのを待つしかない。

【1日目】衝動をコントロールするってどういうこと?

初日から失敗。まあそんなもんやわ。 【わかっちゃいるけどやめられない】 失敗から学ぶためにも今日は衝動をコントロールする方法について 考えたい気分だ。 こういった問題は研究者さんがよく考えているので、 いまさら俺が人間の衝動と自制の原理原則について自力で考えるな んて非効率なことはやめてNaverまとめ「 あなたをコントロールする衝動」 みたいなん読んだ方がずいぶん賢い。でも そんなんもうわかりきってるでしょ。 自制心とかGRITとかスタンフォードのなんたらかんたらとか。 例えばGRITを伸ばす方法ってものがあったとして、 それをやり切ることがそもそもGRITが高いひとじゃ?  俺はもともと「わかっちゃいるけどやめられない」人だから、 人間の自制心や衝動の仕組みを知ったところで、「 知っちゃいるけどやめられない」事になるのだ。 いままでそうだったし。 【「わかっちゃいるけどやめられない」自分を嫌うこと】 以上のようなことを考えていると、 できない自分を嫌うことになる。 自尊心が低下してしまい不幸な気分になる。 これは良くないだけでなく、しかし、間違いではないだろうか 。 有名な 心理学の実験にマシュマロ・テストというものがある。 4歳児の前にマシュマロを置いて、 どれくらい我慢できるか時間を計るテストである。 犬にマテをさせるのと同じようにガキにマテをさせるのである。 そのテスト自体にどんな意味があったか知らないが、 その後の追跡調査によると、 長く我慢出来たガキは将来成功者になったり健康だったり幸福だっ た率が高かったらしい。(私にあてはめれば小さい頃から 自制心がないので大人になった今、禁煙はできないし肥満だし朝起きられないのだ。 ) 【できないやつはできないのである】 これを踏まえて言えば、自分に起こった「 わかっちゃいるけどやめられない」 っていう性質の事柄に対して自己嫌悪になるのは、 ベンチプレスで100kg上げる筋力がない人間が上げられない自 分を卑下するようなもので、 傲慢というか無茶というか自分知らずというか、 とんだ勘違いである。もともと、4歳の時から、 できないやつはできないのである。 【マシュマロ・テストに反論したい】 あとさーGRITが低いから不幸って実は凄いアメリカ的な価値観 と癒着してんじゃないの? ...

【1日目】目的・目標・ルールの確認

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今日はオナ禁一日目。 10分に1度くらいオナニーしたい衝動がきてとても辛い。 オナニーの事を考えれば考えるほどオナニーがしたくなるから、 オナニーについて作文するのは自爆行為なんじゃないだろうか。 オナニーのことを忘れている時は我慢しなくていいので辛くない、 オナニーのことを考えるとオナニーをしたい気持ちと戦わなくてはならないので辛い。 ということで、オナニーについてブログを書くことは オナニーのことを考えなくてはならないので辛いしオナ禁の目標達成には危険だ。 一方、オナ禁をする上で記録をつけることはモチベーション維持になるので、 長い目で見れば有益だ。オナニー衝動がやってきたときにグッと堪えるための力は 長続きしないのでうんうんかんぬん。 目的:ポルノ中毒の脱却 いろんな精神的な病気として診断されるる症状は、それが健全な社会生活に支障をきたすかどうかが、病気かそうでないかの判断の基準になっているらしい。俺の平日1〜2回、休日2〜3回の、ポルノを見ながらのオナニーは病気かどうか。 俺は膣内射精障害があるし中折れする。今現在セックスする付き合いの人はいないので、これは大した問題ではないけれど、この事実が性的なパートナー探しを億劫にさせている側面も無きにしもあらずだ。なのでこれは治した方がいい「病気」だろう。 それ以外にも、これはオナニーやポルノを見ていることが原因かわからないが、昔より行動力が減った気がするし、なにごとにも無感動になった気がする。毎日鬱々としているし、やらなくてはならないことを先延ばしにする癖も悪化している。しかし、やる気がないからオナニーばっかりしているとも言える。鶏が先か卵が先か。 因果関係ははっきりしないが、しかし、いろんなオナ禁体験者の話では、オナ禁を長く続けるとやる気がモリモリ湧いてきて元気快活になるというではないか! それはすごい! ということで、因果関係があるとするなら、健全な社会生活が遅れているとはいえない今の俺の状態は、オナ禁によって治療されなくてはならない。 目標:超サイヤ人効果を体感するまで(40日) とりあえずの目標は40日。性機能は人間の足腰や頭と同じで “USE IT OR LOSE IT”、使わない能力は失われる、という原則に従う。あまり長期の禁欲は、20代前半の若者はと...